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【現在位置】 TOPページ>気になるファッション用語集>さ行「ジャワ更紗」「は行バティック」>更に詳しい説明バティック・産地別解説







美しい染色バティック・ジャワ更紗は、
ジャワ島各地に受け継がれる伝統が色や柄で表現されていて、大きく2つの様式をもつ。


◆中部ジャワ様式
18世紀に、マタラム王国が分裂し
ジョクジャカルタ、スラカルタそれぞれに
王宮ができた。
どちらも、王宮文化が垣間見える古都。


バティックはオランダ植民地時代に宮廷内で作られ、その模様は当時宮廷内での人間の地位を示す重要な印であり宮廷内の女性の「精神修養」の場でもあった。
ソガ茶、紺、地色(白、薄茶)が主に使われ
地味な色合いが特徴。


 ジョクジャカルタ
 スラカルタ(ソロ)


◆中部ジャワの影響を受けた地方
 パチタン
◆ジャワ北岸様式
中部ジャワに比べて多様なモチーフと
華やかな色彩が特徴。


ジャワ島北部海岸の町には、19世紀中ごろより
中国系、インド、アラブ系、ヨーロッパ系の人たちが住み着き、それぞれの国の文化背景をジャワ更紗の模様に表現した。
外来文化の影響を直接受けた様々な模様を楽しめる。


 チルボン
 プロンガン
 インドラマユ
 ラスム


◆ジャワ島北岸の影響を受けた地方
 マドゥラ島
 トゥバン クルック
・タシィクマラヤ
・ジャンビ
・ガルット


■■ジョクジャカルタ
■古都としてジャワ文化の中心をになった地。
古くからこの一帯は「マタラム」との呼名があり、
興った王国は「マタラム王国」と呼ばれていた。


■8〜10世紀頃にかけてこの地に栄えた「古マタラム」はインドの影響が濃く
そのあとに興った「新マタラム」は
イスラムの影響を強く受けたものだと言われている。
17世紀以降は王位継承争いや、
オランダ東インド会社との抗争など戦争、内乱、分裂が繰り返された。
それぞれの王宮は今も残されている。


■王宮文化には、
踊りや歌、ワヤン(影)・クリ(皮)影絵人形、バティックなどがある。


■バティックの模様は、宮廷内での身分を示す印であり王族や貴族以外の着用を禁じた模様、更に、王のみが着用できる模様など厳しく定められていた。


■色合いの特徴は
ソガと呼ばれる染料の独特の茶褐色、紺、地色(白、薄茶)。
地味な色彩なのに格調高く洗練された風合いが魅力。


■バティック産業の発達で、
大量生産される安価なプリント製の「バティック模様の布」に圧され
昔ながらの手法(天然染料、手描き、ろうけつ染め)で作られる
「本物の伝統バティック」はほとんど見られなくなってしまったが
王宮にまつわる伝統模様は、現在にもしっかりと受け継がれている。


■模様のもう一つの特徴として
インドから伝わったとされているヒンドゥー教の影響を受けたものが挙げられる。

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■■スラカルタ(通称ソロ) 
■ジョクジャカルタと並ぶジャワ文化の中心地で王宮文化の伝統が残っている古都。
ソロの通称はその地を流れる”ソロ川”からきている。
ソガ染めの茶と藍、地色の白(または薄茶)に特徴がある。


■ジョクジャカルタと伝統模様、色合い、技法とも基本的には違いは無いようだが、
ジョクジャ様式とソロ様式とに分かれ、それぞれ微妙な違いはあるらしい。
この辺は奥が深すぎてどこがどう違うのか、、、。


はっきりと目に映る違いは、仕上がりの色合い。
ジョクジャカルタ・・・地模様を一つ一つはっきりと描くため伏せ蝋もきっちりとでき、
             白の部分がはっきりしている。
             ソガ色も濃い目の茶色で仕上げられている。
ソロ・・・・・・・地模様を隙間無く描き、
        仕上げの段階で黄系の染料を入れる事によって
        白い部分はクリームっぽく染まり、
        ソガ色も黄味かかった赤茶系に仕上がる。

■ソロのもう一つの特徴は、
従来の伝統柄に北岸系の明るい要素を取りいれたところ。
現代風の色や柄に対しても柔軟で、
扇だったり鳥獣、草花、それにラケットなどの西洋的要素のものなど伝統にとらわれないユニークな柄が見られる。
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■■東ジャワ パチタン
■東ジャワの最も西(中部ジャワとの境目)にある小さな都市パチタン県は、ジョクジャカルタから車で2時間半くらいのインド洋に面した都市。


■パチタン地方のバティックは日本ではあまり知られていない。
■独特の雰囲気を持つモチーフだが、中部ジャワのモチーフに似ている部分がある。
花や幾何学模様に落ち着いた黒、白、濃茶を基本ベースにアクセントとして紺色が少しだけ使用されることが多い。


■市場ではなかなか出回らない
希少なバティック。
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■■チルボン
■西部ジャワと中部ジャワの境に位置する港町。
16世紀中頃に建てられたチルボン王国の王都。


■初代の王グヌン・ジャティはジャワ島にイスラム教をひろめた一人。
ヒンドゥ教ーを信仰する王家の王女とエジプトの王子の間に生まれた。
この王が、中国から妃を迎えた事が背景にあり、
エジプト、インド、中国の三国から影響を受けた独特の文化が作られていった。

■建国者であるグヌン・ジャティの思想が宮廷内、周辺の建物や庭園、生活品などの装飾にも深く浸透していて、それがバティック模様の背景となっている。

■左と上の画像は
チレボンの代表的なバティック
メガムンドゥン(雨雲柄)。


■中国の強い影響を受けた「メガムンドゥン」はインドネシア語で「雨雲」という意味。
「雨雲を呼ぶ力がある」と信じられていた。

■模様
チルボン王宮伝統の模様の他に、
右のような北岸系の特徴である
多様なモチーフと華やかな色彩のものがある。


人々の生活を描いたもの、
外国人の好みが映されたもの
飛行機や船、オランダ統治時代を描いたもの
など多種多様なものが見られる。
オランダ統治時代を描いたバティック。
約200年間続いたオランダ統治は
ジャワ文化の発展に重大な影響を与えた。
■オランダは、経済上の利益が主な目的であり、
ジャワの文化を認めつつ利権を得るという形をとった為、
情勢が安定し、特にそれぞれの地の王宮の中では文化面にエネルギーを向けるようになった。


■私たちが惹かれる伝統的なもの、音楽や踊り、バティックなどの工芸品は
この時代に形成されたものだと言われている
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■■プロンガン
「バティックの町」と呼ばれ北岸地方で第一の産地。
■19世紀頃から中国系、インド、アラブ系、ユーラシアン系の人たちがバティック工房の経営に参加し、従来の伝統とは違う斬新なデザインのバティックが多く作られた。


■ユーラシアン系の女性が、バティック産業の発展、西洋とジャワ文化をつなぐ大きな役割を果たしたと言われている。

■それまで、ジャワの文化として生活に深く根付いたバティックには、製作者の名前を残すことはほとんどなかったが、自由な発想を持つ女性たちはデザイナーとしてバティックの中にサインした。この頃からバティックの世界にデザイナーと呼ばれる人が出てきたようだ。


■この地方の代表的な模様として、花束模様(ブケタン)があげられる。
ブケタンの由来はフランス語の花束「ブーケ」。
ヨーロッパとインドネシアの混血であるユーラシアン系の女性が、
ヨーロッパのデザインをバティックに取り入れ誕生したこの模様は、
19世紀末から20世紀初頭にかけて大流行した。
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■■インドラマユ
■大きな漁港を持つ古い町、インドラマユ。
この地方のジャワ更紗は、華人系の人たちによって啓発され
主要な商品としてジャカルタやスマトラ島方面へ送られていた。
■夫が漁に出て長期間留守の間、
家を守る妻たちは
バティック製作で生計をたてる。


寂しさをまぎらわせるといった意味もあるそうで、夫の無事を願う祈りのようなものがこめられている。
■陽気なインドラマユのバティックは、
「バティック・デルマヨン」とよばれ、
魚やエビが飛び跳ねている様子、
ヒトデ、海草などの海の動植物模様が特徴。
■右画像は、
「バングン・トゥラック模様」
この模様は除災を願う、
安産祈願の儀式などに着用される。
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■■ラスム
■東部ジャワ北岸にある小さな港町。
中国系の人たちがジャワ島で最初に入った港だといわれている。
バティック製作は、主に中国人系の工房が中心で古くから貴重な交易品とされていた。
■独特の茜染めが特色。
ラスムでは
赤はメラ・ダラ(血の色・暗赤色)と言われ
中国的な要素の強い色調も特徴。
■20世紀初頭まではラスムの赤は
”血のような赤,トルコの赤”とも言われており、染め方は極秘になっていたので、
他の産地の人たちは茜染め部分だけラスムに依頼するほど強烈な色感だったそうだ。


■時代の流れの中でバティックの質は大きく変化し、
最近では以前のような高度な染色技術のものはほとんど作られていないが
製作段階での布の処理方法は変わらず、
蝋描きは粗い印象を受けるが、動きのあるタッチには
まだまだ独特の魅力が感じられる。
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■■マドゥラ島
■19世紀のオランダ統治の影響で現在はジャワ島の一部となっている。
「”細かいことは気にしない”ダイナミックさ」と「繊細な手描き技術」
この極端な二つの顔がどのような模様を描いてもマドゥラ風にしてしまう。
■地模様を
マドゥラ独特の「グリ」と呼ばれる線描きで埋め、藍、えんじといった濃色で仕上げるのが特徴。


「グリ」とは「ひっかき傷」という意味。
扇状の草木模様、稲穂、など
自然の風物が個性的に描かれる。
■主模様には、船や魚など海に関係するもの、草花、鳥など、この地の自然の風景が浮かんでくるような模様が描かれる。
■マドゥラ島は「乾いた土地」と呼ばれ、もともと土壌の悪い土地、雨が少なく、水不足で農業には向いていない。


麦やススキの穂のような自然の風物をびっしりと描くのは、水田や豊作、潤いへの憧れが現れているのでは、、。
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■■トゥバン クルック村
■ジャワ島東北部
この地方の織物は「ゲドォク」「ゲドック」「グドガン」などと呼ばれている。
織機(地機)の名前で布を織るとき「ドォードォー」という音がすることからきているそう。


農作業の合間に育てた綿花を紡ぎ(手紡ぎ)、糸を作り、織り上げるという
昔ながらの手法が残っている唯一の地。
■木綿は綿花を「紡ぐ」ことにより長い糸が作られる。
綿の種を取り除き、綿をほぐす。
繊維の方向を整えるために「すく」
細長くまとめ糸織り機にかける。


この地方の女性は10代前半ですでに手際よくこの作業をこなすと言われている。
一部の例外はあるだろうが日本ではとても見られない風景。
■手紡ぎの木綿は、機械生産にはない弾力と自然に秘められた力、目に映らない艶がある。
無機質な機械物に浸りきった現代人の心に響くような艶が、、、。


染料は、藍の葉やソガの皮による天然染料を用いるのが主だったが、
最近では、販路拡大を図る為、合成染料の導入が進められている。


■近年では、日本をはじめ先進国からの業者が大量に注文し価格競争が起きているそうで、
次第にこの地特有のバティックの魅力もなくなっていくのだろうか、、、。


サイト内関連ページ:


 バティック・ジャワ更紗の魅力と歴史


 バティック・ジャワ更紗技法別解説
ーお手入れ法付きー



 バティックサロンの巻き方


 参考文献
関連サイト:
▼知識
 Studio Pace
ジャワ島北岸チルボンのバティック工房にて、
質の高い手描きバティックの製作をされている賀集さんのサイト。

 中田ゆうこの
ろうけつ染め絵画の世界

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 BALIYA
ジャワの中心やロンボック島より提携を結んだ製造業者から
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